イソトレチノインってどんなお薬?基本情報と効果
イソトレチノイン(商品名:アキュテイン、ロアキュテイン、アクネトレント)は、1982年からアメリカで使用されている難治性ニキビに対する飲み薬です。このお薬はビタミンAから作られた成分で、次のような働きでニキビを改善します。
- 過剰な皮脂分泌を抑える
- 毛穴の詰まりを防ぐ
- 炎症を抑える
- ニキビの原因菌の増殖を抑制する
これらの作用により、他の治療法で効果が得られなかった重症のニキビでも、イソトレチノインなら高い改善効果が期待できます。
イソトレチノインの主な副作用は、皮膚や唇などの乾燥です。また、「光感受性」と呼ばれる状態になることもあります。光感受性とは、お肌が日光やレーザー光などに対して敏感になり、普段よりも反応しやすくなる状態のことを指します。この光に対する敏感さが、レーザー治療との併用を考える際の重要なポイントになります。
イソトレチノインとレーザー治療:従来の併用禁忌の根拠
かつて、イソトレチノイン治療中のレーザー施術によって創傷治癒不良が発生した症例報告があったことから[1][2]、レーザー治療を受ける場合はイソトレチノイン中止後6ヶ月以上の間隔を空けることが推奨されてきました。
しかし、これらの創傷治癒不良の報告は1980年~1990年代のものに限られており、比較試験ではなく症例報告のみであったこと、また6ヶ月間という期間の医学的根拠が不明確であることから、近年ではこの原則に疑問が呈されています。
最新の研究では、イソトレチノイン治療中や治療終了後すぐでも、多くの種類のレーザー治療が安全に受けられることがわかってきました。医学の進歩とともに、この古いルールは見直されつつあります。
レーザーの種類別:イソトレチノインとの併用は安全?
ノンアブレーティブフラクショナルレーザーとイソトレチノインの併用
イソトレチノイン治療終了後1ヶ月以内の10人の患者を対象とした比較試験では、顔の片側にノンアブレーティブフラクショナルレーザー(1550nmのエルビウムグラスレーザー)を照射したところ、全患者において肥厚性瘢痕やケロイドは観察されず、むしろニキビ跡の改善が認められました[3]。
また、アジア人18人を対象とした別の研究では、低用量イソトレチノインでのニキビ治療中に、顔の片側にノンアブレーティブフラクショナルレーザーを照射しました。この試験では、レーザー照射部分に一過性の赤みと浮腫が生じたものの、安全性に問題はなかったことが報告されています[4]。
これらの研究から、ノンアブレーティブレーザーとイソトレチノインの併用は、適切な管理のもとで安全に実施できる可能性が示唆されています。
アブレーティブレーザーとイソトレチノインの併用
イソトレチノイン(10mg~60mg/日)治療中から終了後3ヶ月以内に、炭酸ガスフラクショナルレーザーを受けた20人のアジア人患者を6ヶ月以上フォローアップした研究では、有害事象は軽微で、肥厚性瘢痕やケロイドは見られませんでした[5]。
この研究からは、通常より肌に強く働きかけるアブレーティブレーザーでも、イソトレチノイン治療との時間的な近さが必ずしも問題になるわけではないことがわかってきています。
【ワンポイント解説】
レーザー治療には大きく分けて2種類あります。
- ノンアブレーティブレーザー:肌の表面を傷つけずに、内部に熱を加えて肌の再生を促すレーザー。ダウンタイム(肌の赤みや腫れが引くまでの期間)が短く、日常生活への影響が少ないのが特徴です。
- アブレーティブレーザー:肌の表面を少し削り取って再生を促すレーザー。より強力な効果が期待できますが、ダウンタイムも長めです。
脱毛レーザーとイソトレチノインの併用はいつからOK?
「イソトレチノインを飲んでいると脱毛レーザーはいつからできるの?」という質問をよく受けます。最新の研究データを見てみましょう。
イソトレチノイン治療中の女性7人にダイオードレーザー(810nm)で脱毛施術を行った研究では、大きな副作用は起こらず、安全に施術できたことが報告されています[6]。
さらに大規模な研究として、110人の患者さんを対象にした調査では、イソトレチノイン治療中にレーザー脱毛を受けた人と、イソトレチノインを飲まずにレーザー脱毛を受けた人を比較したところ、どちらのグループでも傷跡やケロイド、傷の治りの遅れは見られませんでした[7]。
そして2021年に発表された研究では、イソトレチノイン服用中にレーザー脱毛を受けた52人の患者を分析し、様々な脱毛レーザー(ダイオード、アレキサンドライト、YAG)の安全性を調査しました。結果、脱毛後の肌トラブル(赤み、腫れ、かゆみなど)の発生率は、イソトレチノインを飲んでいる人と飲んでいない人でほぼ同じで、イソトレチノイン内服中のレーザー脱毛は安全な処置であると結論付けています[12]。
これらの研究結果から、「イソトレチノイン服用中でも脱毛できる」という可能性が示唆されています。ただし、イソトレチノインで肌が光に異常に過敏になっている場合や、乾燥によって肌に赤みや炎症が起こっている際は避ける必要があります。また、施術部位の状態によって出力を調整するなどの配慮が必要なケースもあります。
イソトレチノインは内服薬で全身に作用するため、顔以外の全身脱毛でも肌が光に対して過敏になっていないかなど、状態をチェックして施術の可否を判断する必要があります。
ピーリングとイソトレチノインの併用は可能?
ピーリングについても研究が行われています。イソトレチノイン治療終了後1~3ヶ月以内に、35%TCAピーリング(比較的強めのケミカルピーリング)とサンドペーパーによる施術を受けた10人の患者さんを追跡調査した研究では、全員が問題なく傷が治り、肥厚性瘢痕やケロイドは発生しませんでした[8]。
この結果から、イソトレチノイン治療とピーリングの併用も、これまで考えられていたよりも安全に行える可能性が高いことがわかってきました。特に刺激の少ないマイルドなピーリング(サリチル酸ピーリングなど)は、イソトレチノイン治療中でも併用できるケースが増えています。
大規模調査と最新分析が示す驚きの事実 – 多くの施術が安全に併用できる可能性
イソトレチノインとレーザー治療の併用が本当に安全なのか、より確かな答えを出すには大規模な研究が必要です。インド皮膚外科学会が行った多施設共同研究は、この疑問に明確な答えを示してくれます。
この研究では、11の医療施設で2012年から1年間、イソトレチノインを服用中の患者さん183人に対して、様々な皮膚治療を行った際の安全性を調査しました[9]。行われた治療は全部で504件で、内容は多岐にわたります。
- レーザー脱毛(ダイオード、YAGレーザー)
- マイクロニードル(ダーマペンなど)
- CO2レーザー
- QスイッチYAGレーザー
- ピーリング(グリコール酸、サリチル酸、TCA)
- IPL(intense pulsed light:強力なパルス光)
- サブシジョン(ニキビ跡の小手術)
- 皮膚生検、切開、パンチングなどの外科的処置
- 歯科治療
参加者183人のうち、61人は皮膚治療を受ける前にイソトレチノインの服用を中止しましたが、122人は治療中もイソトレチノインを継続して服用していました。
結果は驚くべきものでした。504件の治療のうち、ケロイド(盛り上がった傷跡)が形成されたのはわずか2件(グリコール酸ピーリングと複合母斑の高周波焼灼術)だけでした。また、赤みや色素沈着などの軽い副作用の発生率も、イソトレチノインを使っていない患者さんと変わらなかったのです。
この大規模研究の結果から、イソトレチノイン服用中や服用後すぐの時期でも、多くの皮膚科治療が安全に行える可能性が高いことが示されました。
2020年に発表されたその後の系統的レビューでも、イソトレチノインとレーザーの併用に伴うリスクは小さい、あるいは全く存在しないことを示唆しており、従来の「6ヶ月待機」ルールが過度に慎重すぎる可能性を示しています[10]。
また、2024年に発表された最新のメタ分析では、イソトレチノインとレーザーや光治療の併用は、イソトレチノイン単独療法と比較して、有害事象の発生率に有意差がなかったことが報告されています[11]。
当院の20年・2万人の実績から見えてきた真実
当院のイソトレチノイン治療における豊富な臨床実績から得られた知見をご紹介します。
治療方針の進化 – 科学的根拠と臨床経験に基づく安全性の再評価
約20年前は、一般的なガイドラインと薬剤添付文書に従い、すべてのレーザー治療やピーリングは、イソトレチノイン終了後6ヶ月以上経ってから行うようにしていました。しかし、海外の研究結果や自院での注意深い観察を重ねるうちに、この「6ヶ月待ち」ルールが過度に慎重すぎることがわかってきました。
ピーリングとの併用 – 15年前からの変化
約15年前から、最新の研究結果に基づき、イソトレチノイン治療中でもサリチル酸マクロゴールピーリング(マイルドなピーリング)を併用するようになりました。この組み合わせを2000人以上の患者さんに適用してきましたが、一時的な軽い赤みを除いて、重い副作用は一切見られていません。
レーザー治療との併用 – 現在の最新方針
現在は臨床経験と最新の研究結果に基づき、より柔軟で個別化された対応を行っています。
1.ノンアブレーティブレーザー(肌表面を傷つけないタイプ)
- 脱毛レーザー
- トーニングレーザー
- ロングパルスヤグレーザー
- QスイッチYAGレーザー
これらのレーザーは、医師の判断によりイソトレチノイン治療中でも安全に施術可能なケースが増えています。ただし、お肌の状態が以下のような場合は施術を避けることもあります。
- 乾燥や赤みが強い時
- 鱗屑(フケのような皮むけ)がある時
- 炎症が強い時
- 光過敏性や過去の瘢痕形成の既往
2.アブレーティブレーザー(肌表面に小さな傷をつけるタイプ)
- CO2レーザー
- ダーマペン
- ニードルRF
ダーマペンはマイクロニードリング、ニードルRF(サーマニードル、ポテンツァ、シルファーム等)はラジオ波ですがこちらにまとめています。
これらの施術は原則として、イソトレチノイン終了後1ヶ月経過してからの治療を推奨しています(従来の6ヶ月から大幅に短縮)。ただし、必要性が高い場合には、皮膚の状態を詳細に評価した上で、内服中でも許可するケースもあります。
【注意】
レーザーの中でも角膜に照射する「レーシック」という近視矯正手術は、イソトレチノイン内服前・内服後ともに最低6ヶ月は空けてください。円錐角膜等のリスクが報告されています。また、アートメイクやその他の治療の併用については、診察時に詳しい資料をお渡ししています。「治療間隔」のページもご参照ください。
光感受性とイソトレチノイン:日常生活における注意点
イソトレチノインによる光感受性の上昇は、レーザー治療だけでなく、日常生活においても影響を及ぼす可能性があります。イソトレチノイン治療中は、次のような対策が推奨されます。
- 日焼け止め(SPF30以上)の毎日の使用と塗り直し
- 帽子や日傘などの物理的な日光防御
- 過度な洗浄を避け、保湿を徹底して肌を保護する
これらの対策は、イソトレチノインによる光感受性の影響を最小限に抑えるのに役立ちます。
結論:イソトレチノインとレーザー治療・脱毛の最新ガイドライン
最新の研究や臨床経験から、イソトレチノイン治療とレーザー施術の併用に関する考え方は大きく変化してきています。従来の「イソトレチノイン中止後6ヶ月待機」というルールは、現在では過度に保守的であると考えられています。
20年の臨床経験から最も重要な教訓は、「一律のルール」よりも「個別の肌状態に合わせた判断」が大切だということです。イソトレチノインとレーザー治療の併用は、医師による皮膚の適切な評価と判断があれば、多くの場合安全に行うことができます。当院では患者さん一人ひとりの肌状態を丁寧に評価し、最適な治療計画を提案しています。
参考文献・サイト
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