イソトレチノインは難治性のニキビ、重度のニキビに対して欧米では広く使用されているお薬で、1982年にアメリカFDAにより先発医薬品はアキュテイン(Accutane)が経口カプセル剤として承認され1、その後ロアキュテイン、イソトロインなどの同成分のジェネリック医薬品が登場しました。欧米を含めて多数の国で承認されていますが、日本では未承認薬です。
イソトレチノインとうつ、自殺の関係
イソトレチノインの使用と精神的な副作用との因果関係については、多くの論文があり論争があります。すべての論文をご紹介することはできませんが、主なものをまとめてご紹介します。
アキュテイン(イソトレチノイン)使用中のうつや自殺などの症例が報告され7 8、1998年にFDAはそれらの副作用との関連性について警告を出しました2。FDAはエビデンスはないものの可能性があるとし、Roche(製薬会社)と協議が行われ、アキュテインのラベルや添付文書に精神的な副作用の表示がなされることが合意されました3。
大規模なコホート研究
カナダの健康データベースから7195人のイソトレチノイン使用者と13700人の経口抗生物質使用者、イギリスの診療データベースから340人のイソトレチノイン使用者と676人の経口抗生物質使用者を調べた研究では、イソトレチノイン使用者と抗生物質使用者との比較、イソトレチノイン使用前と使用後の比較において、新たに診断されたうつや精神病の相対リスクは変わらず、自殺および自殺未遂の相対リスクを上げませんでした4。
しかし、この研究ではイソトレチノインの治療期間や用量に関するデータの欠如や、ニキビのない患者との比較がないこと、ニキビの重症度が明らかでないこと、精神障害の診断に抗精神病薬の処方などが含まれず過小評価している可能性などが指摘されています5。
イソトレチノインと抗うつ薬の処方
1999年6月から2000年3月までの間に、アメリカの薬局データベースから抗うつ薬とイソトレチノインのどちらを最初に投与されたかの調査が行われました。つまり、イソトレチノイン処方後に抗うつ薬の処方が増えるか否かの調査です。
データベースの中には、2821人のイソトレチノイン使用者が含まれており、結果は、イソトレチノインの使用とうつ病の発症との関連性は認められませんでした6。
しかし、この研究は業界主導で行われたことや、皮膚科医が抗うつ薬処方の前にイソトレチノインを中断した可能性などを考慮していないと指摘されています9。
臨床試験
いくつかの前向き研究がありますが、ほとんどのものがイソトレチノインとうつ、自殺との関連性を示していません。
中等度~重度のニキビ患者132人に、イソトレチノイン治療と保存療法を行い比較したところ、抑うつ症状の発生率に違いはありませんでした11。
2019年に102人の青年で、生活の質、うつ、不安、自殺、社会不安、強迫神経症の症状を評価した研究では、イソトレチノイン治療も抗生物質治療も影響を与えず、逆に治療前と比較して生活の質、社会不安、強迫神経症のスコアに改善が見られました12。
過去の前向き研究はランダム化や盲検化されたものではないため、大規模なランダム化二重盲検試験(RCT)が必要なのですが、イソトレチノイン服用中は乾燥などの皮膚症状が出るため、RCTを行うことが難しいのが実情です。
レビュー
イソトレチノインと、うつ、自殺との関連を過去の論文データベースをもとに調べた2005年のレビューでは、因果関係は明らかではないとされていますが10、2012年のレビューではイソトレチノイン投与とうつ、自殺との関連を示唆しています9。
2017年に、アメリカ皮膚科学会雑誌に31のコントロール、および非コントロール前向き研究をまとめたレビューが掲載されました。イソトレチノイン治療とうつ病のリスク増加との関連は明らかではなく、逆にイソトレチノイン治療後にうつ病の有病率が低下する可能性が報告されています13。
一方、2017年に発表された他のレビューでは、2005年から2016年までの24の研究が調べられ、前向き研究と後ろ向き研究では関連が明らかではなかったが、症例報告とデータベース研究では明確な関連があるとしています14。
うつ症状があるとイソトレチノインは飲めない?
ニキビ患者の心理的問題
ニキビは沢山の人が経験する一般的な皮膚疾患ですが、永久的な瘢痕(ニキビ跡)を残す可能性があることや、ブツブツとした丘疹(きゅうしん)ができるという外観的な悩み以外に、心理的影響にも焦点を当てる必要があります。
イギリスの若年者を対象とした研究では、ニキビがあると、健常者の2倍近くの感情的な問題を抱えることが報告されています15。また、軽度から中等度のニキビでも、重大なうつ病と自殺念慮に関連する可能性があり、心理的変化は必ずしも重症度と相関していません16。
外観的な問題だけでなく、「ニキビは不衛生で汚い」という医学的に誤った概念も、ニキビに悩む若年者に悪影響を与えています。
うつ症状がある患者への処方
イソトレチノインとうつとの関連性には決着がついていませんが、イソトレチノインはPET検査で脳機能の変化に影響していることが示唆されています17。症例報告は多数あり、現時点では精神的な副作用がある(可能性がある)として対処すべきです。
うつ症状がある方はイソトレチノイン治療が受けられないかというと、必ずしもそうではありません。ニキビ自体がうつと関連している可能性もあり、効果的な治療によりうつ症状が改善する可能性もあります。
前院から13年以上、8000名を超える患者さんにイソトレチノイン治療を行ってきましたが、イソトレチノインの精神的な副作用は、重大な副作用で注意すべきものであるものの、それが原因で治療を中断した方はごく少数です。
過去にニキビが原因で不登校になった子供や、引きこもりになっている方、自殺念慮がある方、マスクが手放せない方、男性でもメイクしなければ出歩けない方、人とのコミュニケーションが怖いと言う方など、心理的問題を抱えている多くの患者さんを診てきました。
そのような患者さんでも、イソトレチノイン治療によってニキビが改善していくにつれて、様々な心理的問題、社会的不安が改善していくことを数多く経験しています。ハーバード大学でも「うつ病の人はイソトレチノインを避ける必要がない」18としています。
しかし、原則は、当院ではうつや自殺企図がある方へのイソトレチノインの処方を避けています。稀な副作用と認識していますが、イソトレチノイン服用後に感情的な問題が起こった患者さんもいるためです。
ニキビの重症度が高く難治性の場合は、うつ症状の程度、投薬状況、自殺企図や他の精神的な問題、過去の治療などの情報を総合的にし判断し、患者さんや保護者の同意を得た上で治療を行うケースもあります。精神的な副作用が起こった場合でもほとんどのケースで中止後に改善するため19、症状の増悪がないかを注意深く観察していくことも必要です。
参考文献・サイト一覧
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