今回は重症ニキビの根本治療薬である「イソトレチノイン」の好転反応(初期悪化)について、最新の科学的知見と私の20年間の臨床経験をもとにお話しします。2000年初頭にイソトレチノインを日本へ導入して以来、2万人以上の重症ニキビ患者さんの治療を通して得た知識をご紹介します。
イソトレチノインとは
イソトレチノインは、ビタミンA誘導体の一種で、ニキビの根本治療薬として欧米では30年以上前から使用されてきました。皮脂の分泌を抑え、毛穴の詰まりを改善する効果があり、重症ニキビに対して非常に高い治療効果を示します。日本では未承認薬ですが、医師の判断のもとで処方が可能です。
イソトレチノインは「ニキビ治療の切り札」とも呼ばれ、ほぼ全ての患者さんに改善効果が見られます。重症のニキビだけでなく、何度も繰り返す難治性のニキビにも効果的な治療薬です。
しかし、その高い効果の陰には一時的な初期悪化(好転反応)がしばしば見られます。このブログでは、その理由と対処法について詳しく解説します。
好転反応(初期悪化)とは何か?
好転反応とは、イソトレチノインの服用開始後に一時的にニキビが悪化する現象です。これは薬の効果が出始めている証拠であり、お肌が生まれ変わろうと細胞が活性化することで生じます。医学的には初期悪化(フレア)と呼ばれます。
好転反応の経過写真
なぜ好転反応が起こるのか?
好転反応が起こる主な理由は以下の通りです。
- 皮脂腺の急激な変化と角質のターンオーバーの促進
- 皮脂腺の収縮による微小面皰の表出
- 皮膚内の炎症反応の一時的な増加
- 体内のビタミンA濃度の急な上昇(ビタミンA反応)
初期悪化の症状と期間
好転反応は通常、服用開始から1~2週間程度で現れ始め、4~6週間ほどで落ち着いていきます。症状としては、既存のニキビが赤く目立つようになったり、新たなニキビが一時的に増加したりすることがあります。
初期悪化の程度は個人差が大きく、多くは軽度ですが、稀に「劇症型ざ瘡(fulminant acne)」と呼ばれる重度の急性増悪が起こることもあります[1,2]。
好転反応の発生確率
臨床データによると、イソトレチノイン治療を受ける患者さんの約30%に好転反応が見られます。また、重症型のニキビほど初期悪化が多いこともわかっています。
投与量と好転反応の関係:科学的データと臨床経験
長年の臨床経験から、イソトレチノインの投与量と初期悪化の関係について興味深い発見がありました。一般的に、低用量から徐々に増量する方法が初期悪化を抑えると報告されていますが[4, 5]、実際には必ずしもそう単純ではありません。
用量によって好転反応の発生率に大差はないものの[6]、高用量で開始したケースでは、好転反応はより短く終わり、低用量で開始した場合は、好転反応の期間が長いことがわかりました。高用量のほうが治療期間短縮と再発抑制で低用量より優れていることも報告されています[7]。
また、実際の臨床経験でも、低用量(体重1kgあたり0.2~0.3mg)で長期間治療を続けた場合、初期悪化が長引き、結果的にニキビ跡の瘢痕が多数残るケースをしばしば経験しています。
「イソトレチノイン治療で好転反応が起こったまま改善しない」「治療を続けているがニキビが改善しない」
このような訴えで他院から転院されてくる患者さんがいますが、これは適切な用量が投与されないまま治療が継続されていることが原因です。
好転反応への効果的な対応策
好転反応が起こった場合、以下のアプローチが効果的です。
- 初期からの適切な用量投与:低用量から始めて長期間続けるよりも、初期から症状に合わせて適切な用量を投与することで、短期間で効果が現れ、結果的に瘢痕形成のリスクを減らせることがあります。
- 初期悪化時の積極的対応:初期悪化が見られた場合、早めに来院してもらい、抗炎症作用の強い抗生物質を短期間併用することで、炎症を効果的に抑えることができます。
- 躊躇しない増量:副作用を慎重に観察しながら、必要に応じて躊躇なく増量していくことで、治療効果を高め、初期悪化期間を短縮できることがあります。
- 保湿の重要性:好転反応を起こしたニキビを瘢痕化させないためにも、肌の保護(保湿)は非常に重要です。保湿クリームやワセリンなど、被覆性の高い保湿剤で肌を保護します。
初期悪化時の具体的対応法
患者さんがイソトレチノイン治療を始める際、当院では以下のようなアドバイスをしています。
- 事前の説明と心構え:治療開始前に初期悪化について説明し、心構えを持っていただきます。
- 早めの受診:初期悪化が強く出た場合は早めに受診するよう伝え、必要に応じて抗炎症薬を併用します。
- 保湿ケアの徹底:イソトレチノインによるビタミンA反応や皮膚の乾燥を防ぐため、適切な保湿剤の使用を指導します。
- 定期的なフォローアップ:厳格な副作用管理と治療経過を注意深く観察し、用量の調整を適宜行います。
まとめ
イソトレチノインによる好転反応(初期悪化)は、治療効果の表れと理解し、適切に対応することが大切です。これらのアプローチにより、ニキビ瘢痕のリスクを減らしつつ、効果的な治療を行うことができます。
特に若い方の重症ニキビは、早期から積極的に治療することで、瘢痕形成による心理的・社会的影響を最小限に抑えることが可能です。
肌のクリニックでは、患者さん一人ひとりの症状や生活スタイルに合わせた治療計画を提案し、初期悪化の期間を最小限に抑えながら、最大限の治療効果を目指しています。イソトレチノイン治療を検討されている方、すでに治療中で初期悪化に悩んでいる方はぜひご相談ください。
参考文献・サイト一覧
- Seçkin HY, Baş Y, Takçı Z, Kalkan G. Effects of isotretinoin on the inflammatory markers and the platelet counts in patients with acne vulgaris. Cutan Ocul Toxicol. 2016;35(2):89-91. doi: 10.3109/15569527.2015.1021927. Epub 2015 Apr 8. PMID: 25853176.
- Zane LT, Leyden WA, Marqueling AL, Manos MM. A population-based analysis of laboratory abnormalities during isotretinoin therapy for acne vulgaris. Arch Dermatol. 2006 Aug;142(8):1016-22. doi: 10.1001/archderm.142.8.1016. PMID: 16924051.
- Borghi A, Mantovani L, Minghetti S, Virgili A, Bettoli V. Acute acne flare following isotretinoin administration: potential protective role of low starting dose. Dermatology. 2009;218(2):178-80. doi: 10.1159/000182270. Epub 2008 Dec 5. PMID: 19060474.
- Tarun Mehra, Claudia Borelli, Walter Burgdorf, Martin Röcken and Martin Schaller. “Treatment of Severe Acne with Low-dose Isotretinoin” ACNE, RETINOIDS AND LYMPHOMAS Acta Derm Venereol 2012; 92: 247–248
- Daly, Aoife U., et al. “A Systematic Review of Isotretinoin Dosing in Acne Vulgaris.” JEADV Clinical Practice, vol. 2, no. 3, 2023, pp. 432-449, https://doi.org/10.1002/jvc2.154. Accessed 6 May 2025.
- Demircay Z, Kus S, Sur H. Predictive factors for acne flare during isotretinoin treatment. Eur J Dermatol. 2008 Jul-Aug;18(4):452-6. doi: 10.1684/ejd.2008.0441. Epub 2008 Jun 23. PMID: 18573721.
- Strauss JS, Rapini RP, Shalita AR, Konecky E, Pochi PE, Comite H, Exner JH. Isotretinoin therapy for acne: results of a multicenter dose-response study. J Am Acad Dermatol. 1984 Mar;10(3):490-6. doi: 10.1016/s0190-9622(84)80100-0. PMID: 6233335.