「打つだけで痩せる」と話題のGLP-1ダイエット。芸能人やインフルエンサーが次々と成功例を報告し、今や世界中で大ブームとなっています。SNSでは「魔法の注射」とも呼ばれていますが、これは本当に安全で効果的な方法なのでしょうか?
この記事では、GLP-1ダイエットの仕組みから利用できる薬剤の種類、そして日本人にとっての特別な意味まで、医学的根拠に基づいて徹底解説します。
GLP-1って何?あなたの体に元からあるホルモン
GLP-1(Glucagon-Like Peptide-1)は、私たち人間の体内で自然に分泌されるホルモンの一種です。食事をすると小腸のL細胞から分泌され、次のような重要な働きをします:
- インスリン分泌促進: 膵臓に働きかけて血糖値を下げるインスリンの分泌を促します
- 満腹感の持続: 胃の動きを遅くし、食べ物が消化器官を通過するスピードを緩やかにします
- 食欲の抑制: 脳の食欲中枢に直接作用して「もう十分」という信号を送ります
- グルカゴン抑制: 血糖値を上げるホルモン(グルカゴン)の分泌を抑えます
つまり、GLP-1は「食べすぎないように」体をサポートしてくれる内部システムなのです。ただし、このホルモンは分泌後わずか2~3分で分解されてしまうため、効果は一時的。また、肥満状態では十分に機能しないことが知られています。
そこで登場したのが「GLP-1受容体作動薬」です。体内のGLP-1と同様の働きをする医薬品ですが、効果が1日~1週間も持続するように改良されています。
日本で使える主なGLP-1受容体作動薬
現在、日本国内で承認されているGLP-1関連薬剤には、大きく分けて2種類あります:
1. セマグルチド製剤
セマグルチドを有効成分とする薬には3種類があります:
- リベルサス®(経口薬/毎日内服)
- 世界初のGLP-1の飲み薬
- 2型糖尿病治療用として承認
- 内服薬なので注射が苦手な方に向いています
- オゼンピック®(皮下注射/週1回)
- 2型糖尿病治療用として2018年3月承認
- 最大用量は2mg/週
- 体重減少効果も示されています
- ウゴービ®(皮下注射/週1回)
- 肥満症治療用として2024年2月承認
- 最大用量は2.4mg/週(オゼンピックより高用量)
- 処方可能施設は大学病院や教育研修施設に限定
オゼンピックとウゴービは全く同じ成分(セマグルチド)です。ただし、適応症と最大用量は異なります。注目すべきは、ウゴービが肥満症治療薬として日本で正式に承認された点です。BMIが35 kg/m2以上、またはBMIが27 kg/m2以上で肥満に関連する健康障害が2つ以上ある方の場合、保険適用されます。
2. チルゼパチド製剤
チルゼパチドはGLP-1だけでなく、GIP(Glucose-dependent Insulinotropic Polypeptide)というもう一つの消化管ホルモン受容体も活性化させる「二重作動薬」です。より強力な血糖降下作用と体重減少効果が期待できます。
- マンジャロ®(皮下注射/週1回)
- 2型糖尿病治療用として2023年4月承認
- 保険適用は2型糖尿病のみ
- ゼップバウンド®(皮下注射/週1回)
- 肥満症治療用として2024年12月承認
- BMI35以上、またはBMI27以上で併存疾患がある場合に保険適用
- 処方可能施設は大学病院や教育研修施設に限定
マンジャロとゼップバウンドも全く同じ成分(チルゼパチド)ですが、適応症が異なります。マンジャロなどのGLP-1受容体作動薬の種類や使用方法については当院のメディカルダイエット外来で詳しくご説明しています。
GLP-1製剤の驚くべき効果メカニズム
GLP-1製剤は単なる「痩せ薬」ではありません。体重減少は様々な生理的効果の結果として起こるのです。主なメカニズムを見ていきましょう:
1. 自然な食欲コントロール
GLP-1製剤の最大の特徴は、「無理な我慢」ではなく「自然と食べたくないと思う」点です。特に糖質や脂質の多い食品への欲求が減少し、少量で満足感を得られるようになります。
実際にGLP-1治療を受けた患者さんからは、こんな声が聞かれます:
「以前はケーキ1ホール食べられたのに、今は1/4でも多く感じる」 「食べたい気持ちが落ち着いて、理性で食事をコントロールしやすくなった」 「初めて『お腹いっぱい』を自然に感じられるようになった」「脂っこいものが受け付けなくなった」
2. 食後血糖値の安定化
GLP-1は食後のインスリン分泌を促進し、血糖値の急上昇を防ぎます。血糖値が安定すると:
- 食後の眠気が軽減される
- 集中力が持続する
- 急激な血糖低下による強い空腹感を予防できる
これにより「食べる→眠くなる→血糖値が下がる→また強く食べたくなる」という悪循環から抜け出せるのです。
3. 胃排出速度の遅延
GLP-1は胃から小腸への食物の移動速度を遅くします。これにより:
- 満腹感が長く続く
- 食べ物の吸収が緩やかになり、血糖値が急上昇しにくくなる
- 少量の食事で満足感を得られる
4. 体重減少による代謝改善
体重が減少すると、様々な代謝指標が改善します:
- インスリン抵抗性の改善
- 血圧の低下
- 脂質プロファイルの改善
- 炎症マーカーの減少
こうした変化は、将来の糖尿病や心血管疾患リスクの低減につながります。
マンジャロとオゼンピック:効果の違い
GLP-1製剤の中でも特に注目されているのが、チルゼパチド(マンジャロ)とセマグルチド(オゼンピック)です。両者を直接比較した臨床試験「SURPASS-2試験」の結果を見てみましょう。
この大規模国際共同試験では、2型糖尿病患者を対象に両薬剤の効果を比較しました。その結果:
- 血糖コントロール: チルゼパチド(マンジャロ)の方が、セマグルチド(オゼンピック)よりも優れた血糖低下効果を示しました
- 食後血糖値: チルゼパチドは食後1〜2時間の血糖値を平均約100〜120mg/dL低下させました
- 体重減少効果: チルゼパチドの方が、より大きな体重減少効果を示しました
- 用量依存性: どちらの薬剤も、用量が多いほど効果が高まりました
チルゼパチド(マンジャロ)がより強力な効果を示した理由は、GLP-1だけでなくGIPの受容体も活性化する「二重作動薬」であるためと考えられています。GIPはGLP-1と同様にインスリン分泌を促進するホルモンであり、両者が協調することでより強い効果を発揮します。
日本人に特に効果的な理由
実は、GLP-1製剤は日本人にとって特別な意味を持ちます。日本人は欧米人と比較して、次のような特徴があることが分かっています:
- 1. インスリン分泌能の低さ
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日本人は遺伝的に、膵臓β細胞からのインスリン分泌量が欧米人より少ない傾向があります。特に「第一相インスリン分泌」と呼ばれる食後すぐのインスリン放出が弱いため、食後高血糖になりやすい体質を持っています。
- 2. インクレチン(GLP-1やGIP)の働きの弱さ
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日本人ではインクレチンの分泌や効果が弱い方が多く、食後の血糖コントロールがより難しくなります。
- 3. 食後高血糖の危険性
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健康診断でよく測定される「空腹時血糖」が正常でも、食後に血糖値が急上昇する「食後高血糖」がある人は多く、これが動脈硬化や様々な生活習慣病のリスク因子となります。
日本の疫学研究(久山町研究や舟形町研究)でも、食後血糖の上昇が糖尿病発症や動脈硬化リスクに直結することが報告されています。
これらの点からも、GLP-1作動薬であるオゼンピックや、GLP-1とGIPの両方に作用するマンジャロは、日本人の体質に特に適していると言えます。実際に医師の私自身がマンジャロを使用した体験談については、『マンジャロで12kg減量に成功 – 「意志の弱さ」は関係なかった』で解説しています。
メディカルダイエットの費用について
GLP-1製剤は体重管理において優れた効果を示していますが、保険適用には一定の条件があります。
- 2型糖尿病治療薬(リベルサス、オゼンピック、マンジャロ) → 2型糖尿病の患者のみ保険適用(体重減少目的では自費診療)
- 肥満症治療薬(ウゴービ、ゼップバウンド) → BMI35以上、またはBMI27以上で併存疾患がある場合に保険適用 → 処方可能施設が大学病院や教育研修施設などに限定
上記の条件に当てはまらない場合は自費診療となり、一定の費用負担が発生します。しかし、この投資には以下のような長期的なメリットがあります。
- 将来的な医療費の削減:生活習慣病の予防による通院や薬剤費の軽減
- 食費の最適化:食欲の正常化により無駄な食費が抑えられる
- 生活の質の向上:体重減少による活動性の向上や自己肯定感の改善
- 仕事の生産性向上:食後の眠気減少や集中力の維持
これらの長期的な利益を考慮すると、メディカルダイエットは決して高額な投資とは言えません。むしろ、健康的な生活を取り戻すための効果的な手段として、十分な価値があると言えるでしょう。
注意点とまとめ
GLP-1製剤は画期的な治療法ですが、万能ではありません。以下の点に注意が必要です:
- 適切な診療施設選び: 経験豊富な医師の指導・副作用管理のもとで治療を受けることが重要
- 副作用の可能性: 吐き気、食欲低下、便秘などの消化器症状が出ることがある
- 適応外使用のリスク: 糖尿病治療薬を肥満治療に使用する場合は十分な説明と同意が必要
- 継続治療の必要性: 効果は投与中のみで、中止後も痩せやすい生活習慣の維持が必要
GLP-1製剤は「魔法の薬」ではなく、あくまで食生活や運動習慣の改善を支援するツールです。しかし、これまでの治療法では効果が得られなかった方々にとって、新たな希望となる可能性を秘めています。
「まだ病気になっていないからこそ、医療の力を借りたい」—そう願う人がもっと安心して相談できる環境が、これからの医療には求められているのではないでしょうか。
GLP-1ダイエットは、単なる「痩せる」治療ではなく、将来の生活習慣病を予防し、健康寿命を延ばすための先進的なアプローチと言えるでしょう。
執筆:医師 先間 泰史(編集:院長 岩橋 陽介)
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