ピコレーザー vs Qスイッチレーザー:真実を知る旅へ
最近、美容医療の世界でよく聞く「ピコレーザー」。その名前だけでも最新技術感が漂いますね。でも、皆さん、このレーザーが何をしているかご存じですか?今回は、ピコレーザーとQスイッチレーザーの違い、そしてピコレーザーの現実的な効果について、臨床経験を交えながら解説します。
ピコレーザーとは?驚異の「ピコ秒」技術
ピコレーザーの名前の由来は、「ピコ秒」という時間の単位です。1ピコ秒とは、なんと1兆分の1秒という非常に短い時間。これがピコレーザーの大きな特徴です。
時間単位 | 定義 |
---|---|
1ミリ秒 | 1/1000秒 |
1マイクロ秒 | 1/1000ミリ秒 |
1ナノ秒(Qスイッチレーザー) | 1/1000マイクロ秒 |
1ピコ秒(ピコレーザー) | 1/1000ナノ秒 |
ピコレーザーは、このピコ秒単位の超短時間でレーザーを照射する技術。一方、Qスイッチレーザーはナノ秒単位でレーザーを照射します。ちなみに、ナノ秒単位のレーザーを「ナノレーザー」と呼んでもよさそうですが、実際には「Qスイッチレーザー」と呼ばれています。そういうものだと覚えておくしかありません。
ピコレーザーの問題点:宣伝と現実のギャップ
2012年、日本に初めて登場したピコレーザー。「ピコ秒のレーザーでシミやイレズミを粉々にする!」という宣伝が話題となり、2018年頃には導入クリニックが急増しました。以下のようなキャッチコピーを目にした方も多いのではないでしょうか。
- 「1兆分の1秒で頑固なシミも粉砕!」
- 「たった数回の照射でイレズミをきれいに除去!」
これらのフレーズは患者だけでなく医師にも期待を抱かせ、「ピコレーザーを導入しないクリニックは時代遅れ」といった声も聞かれるほどでした。
私自身も発売当初、主要なピコレーザー機種「ピコシュア」「ピコウェイ」「エンライトン」の説明を受け、大きな期待を抱いていました。しかし、自分で調べていくうちに、その期待がだんだんと薄れていったのも事実です。
宣伝の裏側にある課題
美容医療機器の宣伝は、よく著名な医師を通じて行われます。これは信頼性を高める手法ですが、実際には機器メーカーがスポンサーとなっている研究が多く、その効果とデメリットを冷静に見極めることが大切です。
例えば、「ピコフラクショナル」という照射方法が盛んに宣伝され、「ニキビ跡(萎縮性瘢痕)をノーダウンタイムで治療できる」と謳われていた時期がありました。しかし、ピコレーザーはノンアブレーションレーザーであり、瘢痕組織を破壊・剥離する作用がないため、ニキビ跡治療に効果がないことは専門医の間では常識です。
現在では、このような誇大広告を掲げるクリニックは減少していますが、一部では依然としてピコレーザーを萎縮性瘢痕治療に用いる宣伝が行われています。
実際、ピコレーザーに関する課題は日本だけに限りません。海外でも以下のような問題が報告されています。
- オーストラリア: シドニーの医師が、約5000万円で購入したピコレーザーが期待通りに機能しなかったとして裁判を起こしました。8
- オーストラリア: タトゥー除去専門クリニックが、従来のQスイッチレーザーとピコレーザー(ピコシュア)を比較した結果、ピコレーザーの効果が劣ると報告しました。7
- アメリカ: ピコシュアのタトゥー除去効果が誇張されているとして集団訴訟に発展しましたが、最終的には訴訟が棄却されています。9 10 11
一般的に美容業界では、効果を誇張した広告が多く見られるのが現状です。その影響で、医師自身が広告に惑わされるケースも少なくありません。また、高額な機器を購入した医師は、負債にするわけにもいかず、医師自ら、さらに効果を大げさに宣伝してしまうという悪循環に陥りがちです。
ピコレーザーでシミが取れない?
まず最初に、誤解がないようにお伝えします。ピコレーザーでもシミやそばかすを消すことは可能です。しかし、ピコレーザーの効果が十分でないケースもあります。そのため、適用が正確に見極めることが重要です。
また、従来のQスイッチレーザーに比べて、ピコレーザーがより綺麗かつ効率的にシミを除去できるかどうかについては、まだ疑問が残っています。
シミ除去の進化とピコレーザーの課題
かつて、シミはロングパルスレーザーで除去されていました。しかし、Qスイッチレーザーが登場してから、短時間でより美しくシミを除去できるようになり、現在ではロングパルスレーザーはほとんど使われなくなりました。多くの医師は、ピコレーザーも同様に「より進化した技術」として、Qスイッチを凌駕すると期待していました。
しかし、実際にピコレーザーを導入した医師からは、「ピコだとシミの取れが悪いから、結局Qスイッチをメインで使っている。」という声も聞かれます。
ピコレーザーとQスイッチのパルス幅の違い
例えば、ピコレーザーの一つ「エンライトン」のパルス幅は750ピコ秒。これは、ナノ秒に非常に近い数値です。一方で、Qスイッチレーザー「スペクトラ」のパルス幅は5ナノ秒(5000ピコ秒)。
「ピコレーザーはQスイッチの1/1000」といった宣伝文句を目にすることがありますが、エンライトンとスペクトラを比較すると実際には約1/6程度の差に過ぎません。
そこで、次のような疑問が浮かびます:
- 「Qスイッチで十分なのでは?」
- 「ピコレーザーではシミを破壊するエネルギーが足りないのでは?」
そして、昨年、数種類のピコレーザーのデモ機をお借りして、シミ除去やピコトーニングの施術を試す機会を得ました。これにより、ピコレーザーの効果や限界を実際に確認することができました。
ピコレーザー vs Qスイッチレーザー:シミへの効果を比較!
比較条件
ターンオーバーが遅く、炎症後色素沈着(PIH)が起こりやすい体のシミを対象に検証しました。
実験内容
- 対象: テニスの日焼けによるシミが多数あるスタッフの肩を使用。
- 方法: 左肩を2つのエリアに分け、右側にQスイッチレーザー、左側にピコレーザーを照射。シミ取りの経過を撮影。
治療前
右側にQスイッチレーザー、左側にピコレーザーを照射します。それぞれ推奨されるパラメーターで設定し、2名の医師が確認のうえ施術を実施しました。
部位 | 機種と設定 |
---|---|
右側 | Qスイッチレーザー 5ns / 2.8mm / 1.1J |
左側 | ピコレーザー 750ps / 2.5mm / 0.6J |
照射直後の様子
Qスイッチレーザー
- 照射部位の皮膚が白くなる「IWP」が見られます。
- 肌にやや赤みと浮腫(むくみ)が確認されました。
ピコレーザー
- IWPはほとんど見られず、赤みや浮腫も軽度でした。
- 周辺組織へのダメージが少ないと考えられます。
また、今回麻酔なしで照射しましたが、Qスイッチレーザーは輪ゴムでバチバチ弾かれるような痛みに対し、ピコレーザーの痛みは半分以下だったとのこと(スタッフ談)。
治療2週間後
施術後には、エアウォールUVという透明なテープを2週間貼ります。このテープは紫外線カット機能があり、太陽や物理的な刺激から肌を守ることができ、レーザー後の炎症後色素沈着(戻りジミ)を予防します。
メーカーの説明では、「ピコレーザーは保護テープを貼らなくてもよい」とのことですが、今回は条件を揃えるため、両方にテープを使用しました。
Qスイッチレーザー
- シミの多くがかさぶたになり、テープとともに剥がれ落ちました。
ピコレーザー
- シミはほぼかさぶたにならず、色調が一段濃くなりました。
治療2ヶ月後
体は顔よりもターンオーバーが遅いため、2ヶ月経過を見ました。
Qスイッチレーザー
- 大部分のシミがきれいに消え、目立たなくなりました。
ピコレーザー
- 薄くなったシミもあるものの、濃いまま残存しているものも複数あります。
結果の解釈
今回の比較では、Qスイッチレーザーがピコレーザーよりもシミ除去効果が高いという結果になりました。ただし、この結果を単純に受け取るのではなく、慎重に考えるべきポイントがあります。
- 使用経験の違い
Qスイッチレーザーは日常的に使用しており、設定や照射の技術が熟練しています。一方、ピコレーザーはメーカー推奨のパラメーターをそのまま使用したため、十分に最適化されていなかった可能性があります。 - 機械の状態
今回使用したピコレーザーはデモ機であり、フラッシュランプの出力など、メンテナンス状態が結果に影響した可能性も考えられます。 - 熱エネルギーの限界
私の見解では、ピコレーザーは熱エネルギーが小さいため、メラニンを効率的に破壊できず、濃いシミや大きなシミには効果が十分でない可能性があります。
ピコレーザーは色素沈着が少ないのか?
理論上、ピコレーザーは熱エネルギーが小さく照射時間も短いため、周辺組織への影響が少なく、炎症後色素沈着(PIH)が少ないとされています。
しかし、当院でメーカーの立ち会いのもと、推奨パラメーターで顔のシミ治療を行った結果、スタッフ3人中2人(66%)にPIHが発生し、薄かったシミが逆に濃くなりました。
メーカーからは、ピコレーザーのPIHの発生率は5%未満と聞いていましたが、実際には過半数のスタッフにPIHが見られ、かつ、ピコレーザーでPIHを起こしたスタッフは、以前にQスイッチレーザーを受けた際にPIHが発生していませんでした。
当院でのQスイッチYAGレーザーのPIH発生率は10〜20%であることを考えると、ピコレーザーのPIH発生率は、理論や報告よりも実際には高い可能性があります。
まとめ:ピコレーザーの現状と課題
ピコレーザーは革新的な技術として注目されていますが、以下の理由から、当院では導入を見送っています。
- 効果の安定性に欠ける: シミ除去効果でQスイッチレーザーに劣るケースが多い。
- コストパフォーマンスの問題: 本体価格は下がったものの、保守・メンテナンス費用が高額。
- 誇大広告のリスク: 効果以上の期待を抱かせる宣伝が多く、患者の誤解を招きやすい。
最新技術に飛びつく前に、その実績やリスクを十分に理解することが大切です。当院では、Qスイッチレーザーをはじめとする実績のある治療法を通じて、患者さんに安心と信頼を提供していきたいと考えています。
参考文献・サイト一覧
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- Think Again Laser Clinic “The End Of PicoSure Tattoo Removal- RIP 2018” 最終アクセス 2025.01.04
- news.com.au ‘The technology is not ready’: Sydney doctor alleges $370,000 tattoo removal laser was a dud 最終アクセス 2025.01.04
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